世界史 世界史-ヨーロッパ史

(世界史)なぜ十字軍は行われた? 十字軍後の4つの影響も丁寧に解説

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皆さんこんにちはルリアゲハです。中世ヨーロッパで聖地奪還のために行われた十字軍遠征。

十字軍がきっかけでヨーロッパ社会が大きく変化しました。なので、十字軍はこの後の歴史にもかかわるとても重要な出来事と言えます。

世界史を勉強している人で、

・テストで高得点を取り続けたい

・記述ができるようになりたい

・世界史全体の流れを理解したい

と願う人は絶対に押さえておくべきです。

十字軍がなぜ行われ、その結果ヨーロッパ社会はどう変化したかを、あなたは説明できますか。10秒で考えてみましょう。

はい、それではどうぞ。

 

ここで

アンバー
十字軍のことなんて説明できない…

と思ったあなたもご安心ください。

この記事を読めば

・十字軍が行われたきっかけ

・なぜヨーロッパは負けたのか

・十字軍が後世に与えた影響

について説明できるようになります。予習したい人にもピッタリの記事です。

ルリアゲハのプロフィール

 十字軍が行われたきっかけ

十字軍が行われたのはなぜでしょうか。主な理由は

  • 一つは生活が安定して人口が増加したから
  • ビザンツ帝国がイスラームにどんどん領土を奪われていったから

の二つです。

一つ目の理由の生活が安定してからというのはどういうことでしょうか?十字軍の起こった中世には三圃制(さんぽせい)という農法が成立し、農業が効率化されました。

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そうして、生活が豊かになり、人口が増加して土地が足りなくなるということが起こります。そこで、ヨーロッパから飛び出し新しい土地を手に入れようと考えていました。 十字軍と同じ頃に起こった

  • レコンキスタ
  • 東方植民

も十字軍と同じように新しい土地を手に入れる活動ですね。

その頃東ヨーロッパのビザンツ帝国は大ピンチに陥っていました。

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セルジューク朝というイスラーム王朝にどんどん領土を奪われていったのです。

f:id:ruriageha:20210304203129j:plain「このままでは国が滅ぼされる…」

と危機感を抱いたビザンツ帝国はローマ・カトリックへ助けをもとめます。ビザンツ帝国のギリシャ正教とローマ・カトリックは、教義の違いで争い、分裂しました。

ローマ・カトリックとギリシャ正教について詳しくは

(世界史)今日から説明できるローマ・カトリックとギリシャ正教の違い

で解説しています。

f:id:ruriageha:20210305181026j:plain「これを機にギリシャ正教会と和解して一つの勢力にしよう。そして聖地イェルサレムを手に入れよう。」

と考えたローマカトリックは申し出を承諾します。

そして、ローマ教皇ウルバヌス2世クレルモン宗教会議で十字軍を提唱します。

 

十字軍の結果

十字軍派遣の結果は惨敗でした。7回の遠征の結果はこちらです。

一回目 成功

一回目は聖地イェルサレム奪還に成功しました。そのときにイェルサレム王国が建国されます。

二回目 失敗

二回目ではイスラームとの戦いに負けてしまいます。

三回目  和解

三回目の遠征はイスラーム王朝のアイユーブ朝サラディンがイェルサレムを占領したことから始まります。

三回目遠征には豪華メンバーが遠征に参加しました。豪華メンバーというのは

仏王 フィリップ2世

英王 リチャード1世

神聖ローマ皇帝 フリードリヒ1世

の三人です。(三人については覚えなくて大丈夫です)途中でフリードリヒ1世が事故死し、フィリップ2世はフランスに帰ってしまいます。残った英王リチャード1世が、アイユーブ朝のサラディンと和解し、遠征は終了しました。

四回目 ノーカウント (重要)

第四回十字軍は教皇権の最盛期インノケンティウス三世によって始まります。

四回目の遠征で戦った相手はイスラームでなくビザンツ帝国です。

ビザンツ帝国=ギリシャ正教

なので同士討ちですね。勝ちでも負けでもなくノーカウントというのは、同士討ちだったからです。

ここで

ジェード
なんで味方だったはずのビザンツ帝国と戦うことになったのか?

と思ったかもしれません。

理由は十字軍に船を提供したヴェネツィア商人が、十字軍にコンスタンティノープルを攻めるように要求したからです。

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ちなみに、ビザンツ帝国の首都コンスタンティノープルは貿易都市で、ヴェネツィアにとってはライバルでした。だから、ヴェネツィアにとっては、ライバルを蹴落とす絶好のチャンスだったのですね。

ヴェネチア商人の目標は達成されます。コンスタンティノープルを占領し、ラテン帝国が建国されました。(ラテン帝国は超不評だったので、すぐにビザンツ帝国へ戻るのですが)

ラテン帝国ができた後、ローマ教皇は味方を攻撃したことに激怒し、十字軍を破門にします

五回目 ノーカウント

第五回十字軍は、戦ってないのでノーカウントです。何が起こったのかというと、神聖ローマ皇帝フリードリヒ2世(アラビア語ペラペラ)がイスラームと交渉しました。

交渉の結果、一時的に聖地奪還に成功します。

六回目 失敗

第六回はルイ9世を中心に行われますが、失敗してしまいます。

第七回 失敗

第七回もルイ9世を中心に行われますが、失敗します。最終的に十字軍最後の拠点アッコンが陥落し、十字軍は完全に終了します。

なぜヨーロッパは負けたのか?

では、なぜヨーロッパは聖地奪還を目指したのに失敗したのでしょうか。実は十字軍に参加した人は体面上は

みんなでイスラームからイェルサレムを取り戻すぞ!

と言ってましたが、実際の目的はバラバラでした。

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ローマ教皇は

f:id:ruriageha:20210305181026j:plain「これを機にギリシャ正教と仲直りして、東西統一したい」

王や諸侯、騎士は

f:id:ruriageha:20210304203129j:plain「人口が増えてきたので、戦争に勝って新しい土地を手に入れたい」

イタリア諸都市の商人(ヴェネツィア含む)は

f:id:ruriageha:20210305180942j:plain「戦争に協力して、一儲けしたい」

と本当にバラバラです。

十字軍がバラバラだったから失敗した分かりやすい例として、第四回十字軍が挙げられますね。この遠征ではヴェネツィア商人が、コンスタンティノープルを攻めるように仕向けたことにより、同士討ちが起こります。

 

一方で、イスラームは

f:id:ruriageha:20210227074512j:plain「侵略者から我々の土地を守ろう!」

と一機団結していました。

こうなると、ヨーロッパ側が負けるのは当たり前のことですね。

十字軍が後世にもたらした影響

十字軍が与えた影響は主に四つあります。

それは

・教皇の弱体化

・王の権威が高まる

・貨幣経済の普及

・イスラームの進んだ技術が伝わった

です。

 

まずは教皇と王の権威の変化について見ていきましょう。教皇は十字軍を派遣した言い出しっぺです。その十字軍が大失敗したので

「教皇は偉そうにしてるけど、実際大した存在ではないな」

と思われ始め、教皇の権威は落ちていきました

逆にそんなに権力がなかった王は、どんどん権力が高まっていきます(中央集権化)。

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王の権威が高まった理由は、長く続いた遠征で没落した諸侯や騎士が、王を頼るようになったからです。これが後の絶対王政につながっていきます。

 

貨幣経済が普及したり、イスラームの技術が伝わった理由は、十字軍の間に北イタリアで貿易が発達したからです。それが中世の終わりとルネサンスに繋がっていきます。

まとめ

今回は十字軍について見ていきました。今回のことをまとめると

Q:なぜ行われた?

A:十字軍は生活が豊かになって聖地奪還を表面上の目的として行われた

Q:結果は?

A:惨敗だった

Q :十字軍後どうなったか?

A: 権力が王>教皇となった

貨幣経済が普及した

イスラームの文化がヨーロッパに伝わった

という感じです。

最後まで読んでいただきありがとうございます。

 

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